第二章

 

次に目が覚めた時はすでに日が昇っていた。

薄っすらと窓の外から差し込む光で俺は目を覚ました。

すぐに周りを見渡してみても当然、例の男も一緒にいた少女の姿もない、

夢ではないはずだった、自分は床に寝ているし後ろの扉も開きっぱなし。

いったいアレがなんだったのかもあの男が俺を助けてくれた理由も分からなかったが

もう過ぎてしまったことを気にしても仕方がない。

「どうでもいいや、もう」

一人呟いた俺は時計を見る。時刻は午前6時、あれからまだ数時間しか経っていない。

今日は彰人と会う約束をしていたはずだが流石にまだ時間が早すぎる。

とりあえずテレビをつけチャンネルを回す。

もしかしたら昨日の事件が報道されているかもしれないと思ったからだった、

しかしどのチャンネルでも最近起きた大物政治家の学歴詐称の事や

どこかの国で起きたテロの事ぐらいしか報道されておらず

結局どこの放送局も殺人事件について取り上げていなかった。

(あれだけ酷い殺され方してるんだから見つかったら報道されるはず・・・)

ということはまだあの死体はあの工事現場にあるはず。

しかしもう一度あの死体を見に行くような度胸はなかった。

結果俺はそのまま着替えて台所に入り冷蔵庫から水を出して飲む。

昨日買った夕飯を食う気にもなれなかったのでそのままつけっぱなしのテレビに

目を向ける、そのままぼんやりとテレビを眺めながら時間を潰し、

午前7時半になったころ携帯をとって彰人に電話をかける、が、

耳に当てた携帯から聞こえたのは呼び出し音ではなくアナウンサーの機械的な

「現在利用不可能となっております」という声だった。

「?」

繋がる繋がらない以前に携帯が使えない、試しに他の場所にも掛けようとするが

いずれも同じ結果だった。

「壊れた?」

携帯を振ってみる、当然直るわけもない。

仕方なく俺は外に出る家には携帯以外に電話はない、公衆電話を使うつもりだった。

最近数は減ったが幸い家のすぐ近くに公衆電話がある、

ポケットから十円玉を二枚取り出し一枚を投入口に入れもう一枚を右手に握る。

携帯の短縮ダイヤルから彰人の番号を呼び出しディスプレイを見ながら番号を押す。

すぐに呼び出し音が鳴り始め3コール目が終わる直前に相手が出た。

「・・・・・・もしもし」

受話器の向こうから面倒くさそうなトーンの声が聞こえる、おそらく寝起きだろう。

「滝川だけど今日何時に待ち合わせだよ、お前連絡するって言ったっきりメールすらよこさねぇだろ」そんなことは構わず一方的に喋り向こうからの返答を待つ。

しかし少し間を置いて返ってきた答えは俺の予想外の言葉だった。

「え〜っと・・・滝川?誰?多分番号違うと思いますよ?」

最初はふざけてるのかと思った、だが彰人は本当に俺が分からなかったみたいだった。

仕方なく電話を切る。

(彰人も寝起きでボケてたのかもな)そんなわけないと頭では理解しながら

そう自分の中で強引に結論を下し家に帰る途中に

近所の公園を横切った時だった、俺は何か違和感を感じて立ち止まる。

まだ時間は早いもののすでに公園には数組の親子が来ていた、

その公園の中心には砂場がありそこに子供は集中していた、どこの公園にもある

普通の光景だ、だがよく見るとその砂場から少し離れた場所になにやら

白いモノが見えた。さらに目を凝らすとソレは人の形をしていた、

大きさは子供と同じくらいではっきりとした形は持っておらず体の輪郭がユラユラと

湯気のように漂っている

―――――それは紛れもなく昨日俺が見たのと同じものだった。

ソレを見た俺は走って家まで逃げた、

昨日のような嫌な感じはしなかったがわけの分からないモノに付きまとわれるのは

もう嫌だった。

なんとか家に逃げ帰り鍵を閉め息を整える。

「一体何なんだ今日は・・・」

携帯は通じない、彰人は俺の事が分からない、挙句の果てにまた幽霊を見てしまった。

(昨日の夜からおかしいぞ俺。)自分の手の平を見つめる。

とりあえず今日は家でジッとしていよう、そう思って自室に戻ったとき

本日止め(とどめ)の一撃となる驚きが待っていた。

「帰ったか、遅かったな」

部屋で俺を出迎えたのは昨日の男と少女。

少女はベッドに座り男は部屋の中心に立っていた。

不法侵入の四文字が頭の中に浮かび上がる

「な、なな!」

何か言おうとして男を指差し頭の中で言の葉を紡ぐ。

「ああ、鍵が閉まってたから勝手に開錠しちゃったけど壊してはないから」

俺が言う前に少女がややピントが外れたことを言っている。

「な、何なんだよあんたら!」ようやくそれだけ口にして一歩下がる。

「昨日君に借りたものを返しに来たんだが留守だったのでな、上がらせてもらったぞ」いや、質問に答えろよ。

男はそう言いながら一歩こちらに踏み出した、俺はさり気なく一歩半下がる、

その様子を見て男はしばらく考える素振りを見せてから俺に向かって指を伸ばす。

その瞬間に俺の足が急に重くなる、ちょうど石が詰め込まれている感じだった。

「早めに返しておかないと君も困るだろうからな」そう言いながら男は

中指と人差し指の二本で軽く俺の額を押す、今度は急に体全体が重くなる

(なんなんだ?)

体が言うことを聞かずその場にへたり込む、

「俺に何した?」微かに震える口でやっとのことでそれだけを聞く。

「借りていたものを返しただけだが?」男は半歩下がりさも当然のように言ってのけた

「で、結局どうだったの?まだ結果を聞いてないんだけど」と今まで黙っていた少女が

男に聞いた、「問題はないな、少々強引な方法ではあったがやはり完全に開いていた」

床にへたり込んでいる俺を置いて二人は勝手に話を進めている、

「あんた達何なんだよ?」努めて冷静に聞いたつもりだが声が微妙に震えてしまった。

 二人はこちらを向きそして静かに口を開く。

「この街に隔離指定を受けている危険人物が紛れ込んだ、私はそいつを狩るために魔術士協会から派遣された者だ」

一瞬、耳鳴りがした。頭がクラクラする、本当に今日はどうなってるんだよ・・・

「なんだよ魔術士協会って、馬鹿にしてんのか?」

「私は魔術士じゃない」少女は僅かに頬を膨らませ反撃してきた。

「いや、そんなことはどうでもいい、それより少年、我々と取引しないか?」

あくまで俺の話は無視らしい、ここまで来るとだんだん俺も諦め始めてくる。

「・・・・・・なんだよ取引って。」少々不貞腐れながら答える俺。

「簡単なことだ、その危険人物を探す手伝いをして欲しい」

一瞬警察に行け、と言いかけたが俺はその言葉を飲み込み変わりに質問する、

「で?アンタ達の俺の仕事に対する見返りは?いくらくれるんだよ」

少々馬鹿にした笑いを浮かべながら聞く。

聞いておくだけ、この時まではそう思った、タチの悪い宗教だと思い込もうとしていた。

魔術士だとかなんだとか非現実的なことあるわけがない、あるわけが・・・

―――――だが

「君の目を元の状態に戻してやろう」

なら、あの幽霊はどうなある、何故彰人は俺の事が分からなかった?そもそも、

俺の言う現実的ってどんなだ?

すでに俺の周りの世界で信じていた現実は意味を成してはいなかった。

「も、戻るのか?元の眼に?」

「そう、あなたはしばらくの間だけ私達に付き合うだけで元の平凡な生活に戻れる、

もしも望むのなら記憶を消してあげてもいい」少女は窓の外に目を向けたまま告げる

「君が今のままで良いというのなら無理を言うつもりはないがこの機会を逃したら

いつ戻れるか分からんぞ?」もはや選択の余地はないも同然だった。

 

 

 

 

「―――――まぁ、今話したことで大体理解できると思うけど・・・」

と、少女が勝手に結論付ける、俺は事態の入り口がやっと飲み込める程度だった。

 「ちょっ、待てよ!つまり俺が昨日から、いや、今日か?どっちでもいいや、視てる

  幽霊は実はあんたらが探してるやつが意図的に造ったやつで?」

  「ああ」

「で、昨日の夜中に偶然俺がそれを見れるような状況に居合わせて結果、目の・・・」

 「霊的焦点、眼球の水晶体を通して見るのではなく存在全体を使って視るための焦点」

 「・・・・・・それが偶然合って、今まで見えなかった幽霊とかが視えるようになった、

で、元々人手が足りない上に土地勘もないあんたらがそれに気付いて本当に俺が使えるかどうか確かめるために尾行した結果、あんたらが取り逃がしたユーレイが俺に俺に向かってきたと。」

「あなた霊的に目立ち過ぎだから代わりの体に使われそうだったんでしょ」

つまりはあの夜見た死体はそのユーレイが入ってた体、そのことを聞いたところ

「何故一撃で仕留めなかった」と若干眉を寄せ男が少女に言い、

「仕方ないでしょ!大体心臓が中心だろうって言ったのはあなたじゃない!」

と少女が吠えた、「霊的急所は全て潰すのが基本だろう?」と、男も反撃する。

微妙な責任の押し付け合いの末「結局破壊できたのだからいいではないか」

という事でどうにか落ち着いた。やや疲れ気味の声で男が続ける。

「そして気絶したお前から存在核を取り出して今まで調べ上げ、結果お前と取引することを決めた、というわけだ分かったな。」「分かったな?」ではなく「分かったな。」

「まだその・・・存在核っつーモノの説明受けてねぇ」二人の話をすべて信じたわけではないが現に俺の周りではすでに非常識が起きていた、その原因ぐらい知っておきたいし

もし悪戯なら彰人とこいつら二人を(さすがに女に手を上げるつもりはないが)殴って

終わり。今はこの男の話を聞いてもいいと思ったからだ。

「通常、人間に限らず生物は大きく分けて三つの要素から成り立っている、一つは魂、

生命体の生命活動の核となる動力、コレにより我々は世界の上に成り立つことが出来る、

二つ目は肉体、コレは比較的イメージし易かろう、魂の入れ物だ、魂は単体で放置すると劣化が激しく大体二〜三週間で昇華してしまう、そうならないために世界に魂を結び付ける言わば楔、そして三つ目が先ほど言った存在核、コレは魂と肉体により構成された単体

個人を世界が認識するためのタグ、これがあるからこそ一つの固体であり個人が生まれる

つまり『そう在るもの』としての存在を確立させるものだ。」

この男の説明は正直六割程度しか理解できなかったが朝のことを考えれば大体の事情は

つかめる、要は彰人は朝、俺という存在が分からなかったわけじゃない、

単に「俺」は朝、世界のどこにも存在(・・)して(・・)いなかった(・・・・・)。たぶんそういうことだ。

「さて、君にやってもらいたいことだが」

まだ聞きたいことは山ほどあったが無視されそうなので黙っていた。

「ユーレイを見つけりゃいいのか?」先回りしてみる、

「いや、違う、君から見て明らかに普通の人間と違うモノを見つけて後をつけてくれればいい、出来るなら破壊して欲しいがそれは我々がやろう」

 「なんか曖昧だな、普通と違うって言っても基準が分からない」

 普通じゃないだけの人間ならいくらでもいる。

「見た目じゃなくて中身、今の貴方の眼なら何がおかしいかすぐ分かるはずだから」

そう少女は言うともう話すことはないといった風に口を閉ざした

「とりあえず夜を待つ、昼間だと流石に私にも視え辛いからな」とりあえず、と男が言い

「まず君の名前を聞こうか」と、遅い自己紹介を始めた。

「滝川恭介だ」別に面白みも何もない名前を名乗る。

そうか、と男は呟き、

「筑波 宗一郎、第2級魔術士だ」と名乗った。もはや後半の肩書きも気にならなかった。

そして今度は少女が一歩前に出る

「千夜。貴方たちのイメージで言うならば死神のようなもの」

 

――――――――今度は死神ときたか。